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ノース事件 王女を巻き込んだ汚職事件

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10月6日「スペイン王女が公的資金横領で裁判所に出廷命令、王室メンバーが被告人として出廷するのは初めて。」 クリスティーナ王女をここまで貶めた事件の概要を見てみる。


(スペイン(ヨーロッパ)では予備審問が存在し、強制捜査権を持つ予審判事が存在する。 起訴の当否を判断する裁判官とは違う性格を持つものの、スペイン語では同じJUEZと表記される場合があるので注意が必要) 


ノース事件の中心人物はイニャキ・ウルダンガリン元パルマ・デ・マジョルカ公爵容疑者47歳。 1968年1月15日にスペイン北部バスク州はスマラガという街に生まれる。 FCバルセロナのハンドボール選手として1986年から2000年まで14年間活躍し、アトランタ五輪とシドニー五輪で銅メダルを獲得した。 1996年のアトランタ五輪に出場していたイニャキ氏を見初めたクリスティーナ王女は一年の交際期間を経て翌年1997年10月4日に成婚。 2012年1月6日のエル・ムンド紙によると、当時イニャキ氏と5年間交際を続けていたカルメン・カミ女史は、二人(王女とイニャキ氏)の婚約を報道で知ったという。 結婚と同時に当時の国王ホアン・カルロスから二人にパルマ・デ・マジョルカの爵位が与えられる。


1999年


  • ビジネススクールESADEで師事していた教授ディエゴ・トーレス氏が非営利団体「ノース研究所」を発足、2003年9月に「ノースコンサルティング」発足イニャキ氏が会長に選ばれトーレス氏は副会長になる。 (ノース研究所とノースコンサルティングが存在)



2004年


  • 11月27日から29日までにスポーツをテーマにしたバレンシア・サミットが開催され、この運営をノース研究所が担当、バレンシア州政府(Fundación Turismo と Ciudad de las artes)より合計1,044,000ユーロが支払われる。 




2005年


  • 10月第2回バレンシア・サミット開催。バレンシア州政府(Fundación Turismo と Ciudad de las artes)より合計1,044,000ユーロが運営費としてノース研究所に支払われる。




  • 11月22日から25日までバレアレス諸島フォーラム開催、ノース研究所が運営。 バレアレス州政府(Fundación Illesport)より1,200,000ユーロが支払われる。




2006年


  • 2月バレアレス州議会で野党アントニ・ディエゲス議員が当時のジャウメ・マタス州知事に対し、3日間しか行われなかったバレアレス諸島フォーラムに関してノース研究所に支払った1,200,000ユーロの使途を問いただす。




  • 3月 王室がノース研究所、ノースコンサルティングの活動内容に疑問を呈し、クリスティーナ王女とその秘書及びイニャキ氏に対し役職の辞任及び海外で活動するよう(秘密裏に)要請。 結果、4月7日に副会長のトーレス元教授は辞任、イニャキ氏はスペイン通信事業大手テレフォニカ社のテレフォニカ・インターナショナルに重役として迎えられる。(ノース財団との関係はまだ切れていない)




  •  第3回バレンシア・サミット開催バレンシア州政府から(Fundación Turismo、Ciudad de las artes)より合計1,044,000ユーロが支払われる。




  •  第2回バレアレス諸島フォーラム開催ノース研究所にバレアレス州政府(Fundación Illesport)より500,000ユーロが支払われる。 (翌年、残りの585,000ユーロが振り込まれている。)




2007年


  •  夏 野党のフランセスク・アンティッチ議員によりパルマ・アレーナ問題発覚。 議会の中で、4300万ユーロで公共事業を公募したにもかかわらず、「なぜ最終的に1億1000万ユーロの経費が掛かってしまったのか」と質問。 パルマ・アレーナは、観客4.500人収容可能な複合スポーツセンターで、2005年11月に建築開始、2007年2月28日に施工完了。 後になってノース研究所に使途不明の手数料が支払われたことが明らかになる。




2008年


  • 8月 反汚職検察当局がパルマ・アレーナ事件の捜査を開始。 公的資金横領などの容疑で30人に嫌疑をかけた。 ジャウメ・マタス元州知事を逮捕、保釈金300万ユーロとなる。(2011年に250万ユーロに減額されている。)





  • 9月 その他に12人のCEOらなどが逮捕される。




2009年


  •  イニャキ氏が、米国はワシントンDCにテレフォニカ社アメリカ大陸支社の重役として渡米、王族が海外に突然引っ越したことにメディアが騒ぎはじめる。




2010年


  •  パルマ・アレーナ事件の捜査中、ノース研究所とバレアレス州政府との間に交わされた契約書が発見される。 




  • 7月22日 ホセ・カストロ予審判事は、パルマ・アレーナ事件の他にノース事件として捜査を開始。 バレアレス州政府(Fundación Illesport、el Instituto Balear de Turismo:Ibatur)とノース研究所の間で結ばれた2005年と2006年の契約書の提出を求める。




  • スペイン全国紙”エル・パイス紙”が、イニャキ氏が会長を務めていた期間(2004年から2006年)の文章類を発見、実体のないイベント等の名目で公的資金から5,800,000ユーロが支払われていたことが発覚。 反汚職検察官はこれらの文章に関し、「公的機関はこのような契約にサインをしてはいけない。 さらに、きちんと公募もされていない。」と語っている。



2011年


  • 6月2日 カストロ予審判事はノースコンサルティングのトーレス元副会長に出廷命令を出す。


  • 7月11日  予備審問に出廷したトーレス氏は無罪を主張


  • 11月7日 バレアレス反汚職検察局、国家警察らがノース研究所本部を含む10以上の関係会社及び元副会長トーレス氏の自宅、バレンシア州政府、政府の芸術・科学施設など、一斉家宅捜査を実施。




  • 11月9日 王室はカストロ判事の発表した容疑を容認すると発表。


  • 11月11日 ワシントンに在住しているイニャキ氏がメディア大手EFEに自身の潔白を主張する書面を送付。


  • 12月14日 全国紙「エル・ムンド紙」が、イニャキ氏とトーレス氏が設立した”子供の障碍者・子供のがん患者たちを援助するための財団”(FDCIS)は実は脱税、資金を不法に国外に持ち出すためであったと報道。


  • 12月18日 当時のスペイン国王ホアン・カルロスはイニャキ氏の詐欺行為を王室の法律顧問を通して5年前から知っていたと発表。 


  • 12月24日 毎年恒例のクリスマスイブに放送される国王からのメッセージで「法は誰に対しても平等だ。 公人として裁かれ、罪を償わなければならない。」とイニャキ氏を意識して発言。


  • 12月29日 カストロ予審判事は脱税などの疑いでイニャキ・ウルダンガリン氏を起訴。




2012年


  • 1月4日 全国管区裁判所(Audiencia Nacional)がイニャキ氏への捜査は管轄ではないとして、裁判を実施しないことを発表。


  • 1月10日 2006年のイニャキ氏の時給が417ユーロであったことが発覚。


  • 1月12日 エル・ムンド紙がクリスティーナ王女はイニャキ氏が作った会社AIZOONを通して3年間で571,000ユーロを受け取っていたと報道。


  • 2月18日 予審裁判に出席したバレアレス州政府のホセ・ルイス・バレステル元スポーツ長官が、イニャキ氏とジャウメ・マタス元州知事の間でノース研究所を通して契約を交わしたことを証言、クリスティーナ王女と一連の横領事件との関係性を否定。


  • 2月26日 イニャキ氏がパルマ・アレーナ事件の証言のため、パルマ裁判所に出廷、ノース研究所に関しては全てトーレス元副会長の責任の下に運営していたと証言、クリスティーナ王女の関与を否定。


  • 2月27日 裁判所での証言2日目。 再びトーレス元副会長が全ての責任を負っていると主張。


  • 3月14日 カストロ判事、イニャキ氏の責任はトーレス氏と同等との見解を示す。




2013年


  • 1月10日 判事はルクセンブルク(タックスヘイブン)に存在したイニャキ氏の銀行口座90万ユーロを凍結。


  • 1月16日 2004年に開催されたバレンシア・サミットに出席した国王の友人コリーナ・ザイン=ヴィトゲンシュタイン=ベルレブルクの宿泊料をバレンシア州政府に請求していたことが、スペイン紙エル・ディアリオにより報道される。


  • 1月21日 ついに検察がイニャキ氏とトーレス氏を公的資金横領等の疑いで起訴。


  • 1月26日 スペイン王室はイニャキ氏の名前を公式ホームページから削除 「王室の一員ではない。」


  • 2月11日 捜査によりマドリード2016のプロモーションという名目でマドリード市がノース研究所に12万ユーロを寄付していたことが分かった。


  • 2月16日 トーレス氏が裁判所に出廷。 「クリスティーナ王女、バルベラ元バレンシア市長、バレンシア州知事らと、2004年バレンシア・サミット開催の決定などに関して精力的に活動を行っていた。」と証言


  • 2月20日 リタ・バルベラ元バレンシア市長は契約したこともなければ、投票したこともないとトーレス氏の証言を否定。


  • 3月27日 トーレス元副会長が、クリスティーナ王女が事件に関与している証拠となる電子メールをカストロ判事に提出


  • 5月7日 パルマ県裁判所はカストロ予審判事の決定を棄却、証拠不十分としてクリスティーナ王女を起訴しないと決定。


  • 5月9日 カストロ判事はトーレス氏に対し、王室で行われたバレンシア州知事、バレンシア市長、クリスティーナ王女らの会議についての情報提出を要請。


  • 5月17日 裁判所はイニャキ氏とトーレス氏に対し付加価値税脱税の疑いがあるとして、800万ユーロの保証金を請求。 クリスティーナ王女に関して、事件と結びつく証拠がないとして何のお咎めもなし。


  • 7月25日 トーレス氏はカストロ判事に、ソフィア王妃からクリスティーナ王女に向けて送られたメールを提出。 その中で、ノース研究所の発足を祝う文言やコリーナ女史をバレンシア・サミットに招待できないかという内容が記されていたことが発覚。 さらにカストロ判事は警察当局にイニャキ氏が50%出資で、クリスティーナ王女の脱税・公金横領の牙城と見られるバルセロナ高級住宅地に本社のあるAizoon社の捜査を要請。


  • 9月16日 カストロ判事は税務署に対しAizoon社の税務情報の提出を要請。


  • 9月24日 バレンシア州高等裁判所はカストロ予審判事の要請を棄却。 ノース事件に関して裁判を行う権限が無いと発表。


  • 11月14日 検察庁はクリスティーナ王女を起訴しないことを決定。 「事件性のある証拠がない。王女が個人的に行っていること。」


  • 11月19日 カストロ判事が税務署らからAizoon社に関する情報が届く。 情報によると、2007年に99,787ユーロ、2008年に91,101ユーロ、2009年に71,073ユーロ、2010年に19,148ユーロ、合計で281,109ユーロを横領したとみられる。 


  • 12月9日 税務署から得た情報によると、Aizoon社がイニャキ氏と王女のバルセロナにある自宅のリフォーム代として436,703ユーロが支払われ、262,120ユーロが個人的なものに支払われていたことが報道される。




2014年


  • 1月7日 反汚職検察検事ペドロ・オラッチにより一度取り下げられた王女に対する嫌疑をカストロ判事は再度かける。 


  • 1月15日 反汚職検察検事ペドロ・オラッチが予審裁判カストロ判事を起訴「王女を逮捕したいがため事実を曲げて嫌疑をかけた疑い。 資金の流れを調べた専門家の出廷を求める。」(陰謀論)


  • 2月8日 クリスティーナ王女が予審裁判に出廷、「Aizoon社の管理に関して全く関与していなかった。 イニャキ氏を信用していたから。」と証言。


  • 5月20日 税務署がカストロ判事にイニャキ氏の2007年と2008年に関しての所得税などの情報を開示、2件の脱税疑惑が追加される。 


  • 11月7日 バレアレス地方裁判所は、クリスティーナ王女に対し財務に関して2件の犯罪容疑がかかっていることを確認し、そのうちのマネーロンダリングに関しては捜査を打ち切った。


  • 12月9日 ペドロ・オラッチ検察官は、イニャキ氏とジャウメ元州知事らに対しそれぞれ19年と6か月、11年を求刑、王女に対しては587,413ユーロの返済を求めたのみで、刑事責任の追及はなし。


2015年

  • 2月9日 カストロ判事は未払いの保証金230万ユーロを支払うという条件で、バルセロナのペドラルベスに所有する695万ユーロと試算される不動産の売却を許可。


  • 5月12日 カストロ判事は保証金未払いのためAizoon社を差し押さえ。


  • 6月11日 スペイン国王はクリスティーナ王女の爵位をはく奪。


  • 10月6日 バレアレス地方裁判所が2016年1月11日午前9時30分、王女に出廷を命じる。



スペイン国の聖域ともいえる王室の捜査を行ってきたのは警察、検察ではなく、バレアレス予審判事のカストロ氏だ。 彼は、反汚職検察、裁判所、検察官の妨害に遭いつつもクリスティーナ王女を追い詰めた「ヒーロー」と呼ばれることもあるが、一方で64歳という退職を目前に控えての点数稼ぎと言われている。 いずれにせよ、王室メンバーを起訴まで追い込んだ初めての判事となったことは間違いない。




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