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戦後70周年記念 被爆者講演会前インタビュー

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戦後70周年記念ということで、原爆の恐ろしさを世に広め、平和活動を行うために一般社団法人東友会業務執行理事、東京都原爆被害者団体協議会副会長の家島 昌志さんと、千葉県原爆被爆者友愛会事務局の木村 邦子さんがスペイン(マドリードとバルセロナ)、フランス、イギリスで講演会を行うため訪欧しています。 講演会前にインタビューをさせていただく機会を得ましたので、発言内容をほぼそのままにしてご紹介いたします。



インタビュー 家島昌志さん 



  • 当時のことを覚えていますか?



私は当時3歳2か月でしたから、あまり悲惨な出来事の多くを覚えているわけではなく、大半は親から聞いた話。 私が覚えているのは、下町という広島の北の地域に住んでいたんですけれども西の山にある己斐の山が、消す人がおらず、三日三晩燃え続けていたのを鮮明に覚えています。  



  • 70年経って何を学びましたか



やはり、70年経っても放射線の被害は消えていない。 2世にも健康被害が及んでいる。 核戦争、核兵器というのは人類には二度と味合わせてはならないというのが被爆者の信念なんです。 パールハーバーを攻撃したときに彼らは「リメンバーパールハーバー」と言って、復讐の心を植え付けることですよね。 だけど私たちはそうじゃなくて、決して他の人にこういう体験をさせてはならない。リメンバーじゃないんです。 「させてはならない」そういう心を持って対応していることなんです。



  • 米国は原爆を落としたことに対して謝罪をしていないが?



いない。 アメリカは教育の中で、原爆を落としたことによって戦争が早く終わった。 そういうプロパガンダをしていますよね。 だから決して謝らない。 それは人類に対して使うべき兵器ではない(ものを使用した)ということの責任逃れですよね。 そのために、アメリカは広島の平和記念式典にもつい最近まで一切無視し続けて、大使さえよこしませんでしたよね。 本当に、大使が出て来るようになったのはここ2,3年の動きです。 要するに自分たちの非を認めたくないわけですよ。 原爆を人間に投下するということはそもそも人道的に許されることではないということは世界の世論ですから。



  • 東友会の活動内容を教えてください。



ピーク時には1万人を超えていた被爆者は現在6千人を切る状況になってて、被爆2世がそれを上回る7千人、こういう逆転状態が生まれています。 被爆者は平均年齢80歳を超えました。 健康上の障害が70年経った今でも多く表れてきているんです。 そういう人の健康相談、そして被爆者にはいろんな手当があるんですがその認定のお手伝いをする。 それでも認められない場合には、裁判を行っています。 全国で100人、東京で30人ですが、その認定裁判に勝つための支援活動を行っています。 


  • イランの核脅威に関してどう思われますか?


イランは、スペインからみたら非常に近い国ですよね。 ただ、日本から見ると非常に遠い国でありまして、むしろ北朝鮮の核の方が日本にとっては数が少なくてももっと脅威です。 一応イラン問題はアメリカとの間ヨーロッパの間で核開発を止める合意がなされましたよね。 ですから、その合意がうまくいかされて核開発にブレーキがかかればいいなと思います。


  • 集団保障法制について。


日本は憲法9条と言う、戦争をしないという国是を持った国ですから、戦前に逆戻りするような法律が成立したということは非常に残念に思うし、やはり先の方案については国会を若者が取り囲んだりというようなことがあって、60%の国民が反対しているという中で、強行採決されたわけですから、我々は次の選挙で政権に思い知らせるという行動が強く求められると思います。


  • ヨーロッパの若者にメッセージをお願いします。


機会があったら広島・長崎の実態をもっと知ってほしいと思いますし、やはり簡単に雇われてイスラム国に参加するというような戦争を求める行為は、ヨーロッパに限らないと思いますけど、是非即刻辞めていただきたいと思います。


  • 現在ヨーロッパで起こっている難民問題に関して意見をお聞かせください。


安倍総理大臣は難民支援のために何億円か支出すると声明を出しました。 アメリカもシリア難民を受け入れると発表しました。 日本でもお金を出すだけではなくてシリア難民を受け入れるという声明を出してもいいんじゃないかと思う。 ただ、日本と言うのは特殊な国でありまして、極論すると、日本語が使えないとまず生活できない。 皆さんが言語を習得するのは簡単かもしれないが、他の国でも同じですがシリア難民の方が日本語を習得するというのはなかなか難しいんですよね。 そういう意味で、あまり難民を受け入れる要領のある国だと私は思いません。 ですからEUの国々は国力に応じて難民を受け入れるという特にドイツなどは人道的な潔い決断だと思います。 ただ、先ほど言ったように日本が(難民を)受け入れる余地の国ではないという、労働の余地があるにもかかわらず、アジアの国からの受け入れも非常に困難な国であるので、そのことを残念に思います。




インタビュー 木村邦子さん



  • 当時の事を覚えていますか?


5歳でした。 中心から1,7キロ離れたところに、父は戦争に行っていて子供と、母と4人でいました。 (夏は)広島は暑いのでいつも朝、涼しいうちに遊びに行くんですが、丁度その日は母が頭が痛いというので朝ごはんを食べていなかったので遊びに出てなかったんですね。 でたまたま8時15分ちょっと前に母から用を頼まれて、お向かいの家に行くために玄関の戸口まで行ったときに飛行機の音がしたんです。 それはB29だったんですが、そのとき母が「びぃ(B29のこと)だよ」ていって、その時私は習慣で飛行機の音がしたら外に出ない、警戒するというのが体に染みついていたので立ち止まった途端に、すごい音と光がしました。 すぐに伏せてしばらくたった後、起き上がったら家の中めちゃくちゃで、壁が落ちて、家が傾いていて、土煙というのかな、家の中が埃でもうもうとしていました。 母は自分ちの家に爆弾が落ちたと思って私たちを連れて逃げるために(外に)出たんです。 外に出たら、そとは静かでみんな茫然としていて、パニックになっていて、怪我をした人、やけどをした人、土煙で真っ黒になって男性か女性かもわからなくなった人、知ってる人か知らない人かもわからない状態でみんなボーとなっていたんですが、突然みんなが騒ぎはじめ、「どうしたんだ、どうしたんだ」とざわざわし始めたんです。 何とも言えない、雑音が聞こえ始めました。 家に爆弾が落ちて、家が傾いているのでどこか逃げなきゃということで逃げるんですが、どこに逃げていいかわからないんです。 みんなうろうろさまよっていました。 結局夕方には埋め立てて造った陸軍の飛行場に避難しました。 いまはもうないんですけどね。 (軍から)ここへ何かあったら避難するように指示があったので、川を渡るんですが、死んだ人が流れて来たり、溺れてる人を助けに行ったりする様子を見ながら非難しました。  私が覚えていることで一番記憶に残っているのは、中学生くらいの15歳くらいの女の子、衣類がこびりついてしまっている女の子、その子が私たち家族に「お水をください」と言ったんですよね、呼び止められて。 軍から重症の火傷を負った人にお水をあげないようにと指示を受けていたんですね、すぐに死んでしまうから。 そして、母は「お水をあげると死んじゃうから我慢して頂戴。」ってそのお嬢さんに言いました。  そしたらそのお嬢さんは「もし私の母だったらお水をくれるのに。」て母に言ったんですよね。  その方の家が川の向こう側で近いことが分かったので、もうすぐ家族が迎えに来るからね、頑張んなさいね、といってそこを離れたんですけど、やっぱり気になって戻ってみてみると、その子は死んでたんですよね。 そのお姉さんの容姿がとっても異様だったので、怖かったので印象に残っています。  母は、ずっとその時のことを思い出して、「どうせ死んでしまうならお水をあげればよかった。」といつもいっていましたね。


  • 70年経って何を学びましたか


その当時私たちは放射能というのも知らされてなかったんですよね。 核兵器というのは生き残ってもその後死んでしまう、普通の兵器ではないことですよね。 やっぱりこの核兵器や原発、人間というのは地球上で同じ時間を、一緒に共存することが出来ないのですから、やはり核兵器というのはあってはいけない。 このまま平和に生きていくためには必要の無い物。 戦争も必要はないけれども、特に核兵器は必要が無い物というのを、私たちの経験で学んでほしいと思います。 


  • 米国は原爆を落としたことに対して謝罪をしていないが?


しないでしょうね。 してないし、しないでしょうね将来的にも。 日本の政府も、被爆者に対してがまんしろという風なこともあるわけですよ。 アメリカは世界の平和のために原爆を落としたということで、その視点を貫いていく。 それは理不尽なことだけれども、相手がそういう風に考えているのをどうやったら変えていけるかというのを、認めさせるかというのを、世界のみんなで考えてほしいなと思いますよね。 (アメリカは)色々な裏があって、核兵器を使ったことによって戦争が終わったといっていますが、(アメリカが)核兵器を放棄するということは、「謝罪」ではないですけど、そのようなメッセージと取ることが出来ますよね。


  • 千葉県原爆被爆者友愛会について。


核兵器反対という平和活動が中心ですけど、同じ被爆者のフォローもやっていて、病気になったときや、国などの援助なんかも知らない人が多いので、そういう時にはこうしなさいとか、相談員がいろんな相談をしています。 また、被爆者じゃないと成り立たない会話、なんかを聞いてあげたりしています。


  • イランの核脅威に関してどう思われますか?


ともかく、どの国にしても核兵器は必要ない。 核兵器と言うのは人間らしく死ぬことも、人間として生きることもできなくしてしまいます。 当事者でないと、核兵器の怖さは分からないけれども、私たちの経験を通して分かっていってほしい。 イランも同じですよね。 核兵器を持つっていうことは決して許されることではない。 私たちの国の近くにも核兵器を持っていると噂されている国がありますけど、結局核兵器と言うのは自らを滅ぼす兵器だと思うんですよね。 どこの国に対しても(核兵器を持つということは)許されることではない。 アメリカのような大国であってもです。


  • 集団保障法制について。


大変不安です。 アメリカの傘に入っている方が安全だって。。。「え」って。じゃぁ日本がなんかされたら本当にアメリカが助けてくれるのかって、ちょっと頭を傾げる。 アメリカ人も昔と国民性は変わっているでしょうから、よその国のために血を流すことはしないでしょうから、大国の下にいれば安全だっていう考えは大変不安だし、こういうことが憲法にどこかで穴をあけて、戦争に駆り出されるってことになっちゃう。戦前の日本に戻らないように、「戦後」という言葉を今後も使っていきたいですね。


  • ヨーロッパの若者にメッセージをお願いします。


日本の若者はとっても政治に疎い。 私の若いときは、やっぱり何かあったらデモしていました。 二十歳くらいの時に。 だからここ何年かそういう若者の姿が全然見えない。 ヨーロッパの若者の方がしっかりしているんじゃないかな。 何かあれば公にでてしっかり発言する。 テレビからの情報しか知りませんが。  きっとそれは地続きで問題が多かったからかもしれませんけれども、やっぱり日本の若者よりしっかり考えていて感心することが時々あります。 私たちの経験は若い人たちに伝えていきたいと思います。 やっぱり若い人たちが立ち上がらなければいけないと思います。


  • 現在ヨーロッパで起こっている難民問題に関して意見をお聞かせください。


シリアは古い文化を持っている、私はそういう面では一度行ってみたいなと思っていた国なんですけど。 日本はこういう問題が起こった時に逃げていくところが無い、海をこえなければいけませんから。 また、ヨーロッパの方々がシリアの難民の方を暖かく迎えていらっしゃるんでしょうけどやっぱり大変な問題を抱えるんじゃないかと、この先どうなるか少し心配です。 自分の祖国を捨てるというのはやっぱり大変なことなので、平和になって祖国に帰ってほしいなって思います。  日本に多くのシリア難民の方が来たとして、日本にきて(順応できず)住みづらくて、また、大変な思いをするんじゃないかという気もします。

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