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スペイン バルセロナ 爪の上に芸術を生み出す小さな工房"KIRA NAILS"店長「宮坂沙弥香」さん

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(写真 左・葉子さん 中・店長の宮坂沙弥香 さん 右・アドリアナさん)



スペイン・カタルーニャ州といえば、ヨーロッパでも有数の観光地。 2015年上半期にこの土地を訪れた外国人観光客は170万人を超え、63億ユーロ以上を消費した。 その中でも一番の都市バルセロナは、ガウディの建築物や、カタルーニャ美術館、ミシュランガイドの星の合計数は15を数え、美味しい魚介類、麺のパエリア=”フィデワ”、そして世界最大の通信事業見本市モバイル・ワールド・コングレスの開催地と、 観光にビジネス、そして文化、芸術と、全てが詰まったコスモポリタンである。 そんなバルセロナの一角、グラシア地区に小さなネイル工房KIRA NAILSはある。


"ヨーロッパ国際大会に4度優勝"


ここの店長である宮坂さんは、有名なネイルの国際大会に4度も優勝。 バルセロナのファッション業界では、 不動の地位を築き上げた。


しかし、もちろんここまでの道のりは厳しく、何度も挫折を繰り返してきたという。 そんな彼女が美容界に足を踏み入れたのはお母さんの影響とのこと。 「母親が元々美容家で、ヘアメイクをやっていて、香水とかも好きで、ミニボトルとか300本くらい持っていたんです。 化粧品もたくさんあって、それをずっと見てきました。 いつも綺麗にしている母親に憧れていました。」と、美容界に入るのが当然のようにこの道に進んだ。



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その後宮坂さんは六本木のハリウッドビューティ専門学校へ進学、お母さんのようにヘアメイクのプロを志す。 この専門学校に通っていた1年目、ヘアメイク、ネイル、エステ、着付けなどを一通り習得、2年目の専攻科目にはメイクを選び、卒業後に国家資格である、美容師免許を取得した。 免許取得後はヘアメイクのフリーのアシスタントを経験、4年間その技術に磨きをかけていく。






"これこそVIDA"


しかし、宮坂さんは自分の歩んでいる道に疑問を持ち始める。「私の美容学校時代の同級生たちは、とても貧乏をして、ご飯も食べられないほどなのに、自分のしたいことを一生懸命やっていました。 私はその姿を見て” 羨ましい”と思ってしまったのです。」 ここで、宮坂さんの人生の転機が訪れる。「オーストラリアに旅行に行ったんです。 その時、同級生がルームシェアをし、当番を決めて食事を作り、ルームメイトが帰ってくるまで待っていたり・・・ 当時の私にとって、それはカルチャーショックでした。 そして、その姿を見て私は、これこそ”VIDA”(ビダ=人生 西語)だと思ったんです。」





「とにかくチャレンジしたかった。」と、“与えられる人生”に決別した彼女にはそれなりの自信があった。「私は成績もよかったし、自信もありました。 所有物としての4年間から離れて、ゼロから始めたいと思ったんです。」 スペインを選んだ理由は実ははっきりしていなかった。 とにかく”ゼロ”から始めたかった宮坂さんは、「どこでもよかったんです(笑) ただ、もうすでに誰かいるところには行きたくなかった。 “開拓”してやろうと思ったんです。」コロンブスがアメリカ大陸に向けて出港した国に、日本から美容の開拓者が訪れた瞬間だった。



"不安はなかったですね。だって何も持っていなかった"

「私は形から入るんです。 だからスペイン語の教材は買ったんです。 買ったんですが、勉強しなかった(笑)。」と、スペイン語の知識が全くない状態でスペインの地を踏むことになる。 最初に降り立ったのはグラナダ。 「相談した留学エージェントが、”マドリードや、バルセロナは都会だから危ないです”というので、グラナダに行きました。」 グラナダでの留学生活は、今のようにインターネットも発達しておらず、どこでも情報が直ぐ入る時代ではなかった。「不安はなかったですね。 だって”何も”持っていなかったですから。」失うものが無く、得るものしかない状態の人間ほど強いものはない。




スペインに来西してから3か月ほど経った頃、ある2つの出会いが宮坂さんを奮い立たせる。 一人は、同じくスペインに留学に来ていた中国人。 この時期になってもスペイン語をしゃべることが出来なかったことを指摘され、「日本人はみんな遊び半分で留学に来ている。」と批判される。 「悔しくていつも泣いていました。 言い返せませんでした。 だって確かにその通りで、頑張っている人はいっぱいいましたから。」  もう一人はインド人のカンさん。MBA取得後、スペイン語を習得するために留学しに来ていた。 よく彼とスペイン語で話していたが、ある時休み時間に突然流暢な日本語で話しかけてきたという。 「「僕が日本語を話すことが出来ると知ったら、スペイン語はなさなくなるでしょ。」って言うんです。 その姿勢にとても感銘を受けました。」 ここで宮坂さんは一念発起、バルセロナに向かうことになる。 この時2008年だった。


バルセロナに到着後すぐにネイルの仕事をするようになる。 この時期、宮坂さんはとてもつらい経験をすることになる。 初めての給料は500ユーロ。 「美容系の仕事なので仕方ないと思っていました。」その後750ユーロ、1000ユーロと給料は上がっていくが、ここでの3年間の経験は、今の”KIRANAILS”の営業形態に影響を与えることになる。 「とてもつらかったです。 当時一番売り上げをあげていたスペイン人のネイリストより確実に倍以上の売り上げをあげていました。 お給料に反映されていないことは、自分自身の技術を評価されていないのと同じだと思っていました。 しかし、お客さんは私を指名してくれるし、やはり理不尽でした。」



"一位になるまでやめられない"



この状況を打破するため、方々に履歴書を"配る"も全く相手にされず、門前払いされていた宮坂さんは、「名前を売るには有名になるしかない、と思ったんです。」 そして2009年から国際ネイルコンテストに出場し始める。 2010年、コスモ・ベイェサ(Cosmo Belleza)主催国際アクリル部門で2位、2011年サロンルック(Salón Look)主催国際アクリル部門で2位、2012年サロンルック(Salón Look)主催国際アクリル部門で再び2位。 なかなか優勝できない。 「1位になるまでやめられないと思いました。」 この時から、バルセロナでネイルの仕事を始めた時から一緒に仕事をしている葉子さんと猛特訓を始める。   言うまでもないが、自分の爪を使って練習するのと、良く知っている葉子さんの手を練習台にするのとは、上達の速度は段違いに早い。 「彼女の指摘は的確。 お陰でネイルの仕上がりにブレが無くなり、技術的に安定していきました。」





ネイルのコンクールで1位を獲得するネイリストの多くはバックに大きなスポンサー企業が付いていたり、有名なサロンの出身者だったりすると指摘する宮坂さん、時にはスコアシートすら見せてくれない時もあったとか。「とにかく葉子といっつも一緒に戦ってきた。」 何の後ろ盾もない宮坂さんはついに2014年、STSビューティ主催のインターナショナルネイルコンクールでアクリル部門とジェル部門の2部門を制覇。 同大会では”日本人で初めて”という快挙を打ち立てる。 その後も2014年マドリードで行われた国際大会でもアクリル部門で優勝、2015年には妊娠8か月という身重の状態で参加するも、再びアクリル部門で優勝。 今では、スコア―シートを貰いに行くと、「ダントツで優勝なのに、なんでスコアシートが欲しいの?」と、言われるほどに。



"モードの専門家がよく来てくれる"



現在宮坂さんはKIRANAILSの他にも、クリエイターエージェントにトップネイリストとして所属しており、モード雑誌VOGUEの撮影に同行、有名モデルのネイルも手掛ける一方、スペイン一流ジュエリーメーカーTOUSの 専属ネイリストとしても活躍している。







KIARNAILSのお客さんは、宮坂さんの持つ 類稀な技術から生み出される芸術的ネイルアートを求めて、ダンサーやセレブが多く来店するという。 「ジェル一色塗りというのは比較的少ないですね。 それよりもガッツリしたデザインを求めるお客さんのほうが多いと思います。 国籍も、スペイン人の方も来られますが、イギリス人や、ロシア人の方も多いです。 モードの専門家のお客さんもよく来てくれますね。」  宮坂さん曰く、この店の料金体系は決して安くはないが、それでも他のサロンで施工してもらったネイルの修正を頼まれたりすることがあるという。




"サロンではなくてアトリエ工房"



「従業員みんな思っていることだと思いますが、この店には"来たい人"が"来ればいい"と思っています。 ここはネイルサロンというよりも、 アトリエだと思っています。 これ以上店舗を増やそうとは思っていません。 今来てくださっているモデルや、ダンサー、セレブの方たちが、「”沙弥香” にネイルをしてもらったよ」と自慢してもらえるようなネイリストになりたいです。 今まで、金銭的に恵まれているのに不幸せな人をたくさん見てきました。 でも私たちは、”やりがい”のある仕事が出来て、この規模で十分幸せなんです。」あくまでネイリストというよりも、芸術家という姿勢を貫いている。





宮坂さんは、今後、海外で活躍したいと思っている後輩ネイリストへメッセージを残してくれた。「自分の中になにかくすぶっているものがあれば、自分に少しでも自信があるのなら、そしてなかなか勇気が出ないなら、とにかく一歩踏み出してしまいましょう。 外に出ていないのに外(そと)のことを心配してもしょうがないと思います。 思い切って環境を変えてしまう。 そしていつでも自分を信じること。 自分が信じていない人を、人は信じてくれません。 そしていつでも自分は出来ると信じること。 実力があると信じたら”怖いものなし”です。」



ヨーロッパ国際大会に4度の優勝、芸術の花開くバルセロナで、モードの最先端を突き進む宮坂さんは、遠いスペインの地で日本旋風を巻き起こしていた。  数あるネイルサロンの頂点は、実はこのバルセロナにあるのかもしれない。




KIRA NAILS

場所

C/Montseny 7-9 Barcelona

電話

+34 93 106 67 23

営業時間

10時から19時


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